投稿日:2022年12月11日
最終更新日:2023年10月3日
山歩き伊賀上野忍者

第78回 山歩きの会「伊賀上野」

著者画像
WRITER 畑田吉敏
会長
シニアメッセージ21へようこそ 我々のシニアメッセージ21はシニア層の生きがい全般に関する情報発信、親睦交流会、カルチャ講演会の企画運営を行い、会員及びその周辺の人々の心と身体の生きがいづくりに貢献することを目指しています。 メッセージペーパー「TOS・TAG」の発行、「山歩きの会」にて山歩きやハイキング・見学会の開催、「月例会」としてカルチャ講演会や交流会を行なっています。
第78回 山歩きの会「伊賀上野」

第78回 山歩きの会「伊賀上野」

伊賀上野と聞いて思い浮かぶ言葉はまず「忍者」であろう。
ほかにも松尾芭蕉、伊賀上野城藤堂高虎、だんじり、鍵屋の辻荒木又右エ門などあるが、今回は芭蕉をキーワードに回った。

ボランティアガイドの炊(かしき)さんと伊賀鉄道の上野市駅(別名忍者駅)で9時45分に待ち合わせ芭蕉生誕の松尾家住宅を見学。
続いて愛染院。
芭蕉は51歳の時大阪は御堂筋付近で亡くなり滋賀の膳所駅近くの義(ぎ)仲寺(ちゅうじ)に葬られているが伊賀の門弟たちが遺髪を持ち帰り松尾家の菩提寺である愛染院願成寺に埋め故郷塚とした。この故郷塚をお参りした。

続いて蓑(みの)虫(むし)庵(あん)(門弟服部土(はっとりど)芳(ほう)が建てた庵)城内にある芭蕉記念館を廻り天守閣の足物の広場でお昼弁当を広げた。
勿論バーナーでお湯を沸かしお味噌汁に食後のコーヒーを楽しんだ。

午後からは俳聖殿から旧小田小学校の本館を廻った。
明治の洋風建築で松本の旧開智小学校を思い出させる建物に出会えるとは思ってもみなかったので感激した。
当時の人々の教育にかける情熱を垣間見た。荒木又右エ門の鍵屋の辻。

ガイドの炊さんは久々に案内したそうです。
若い人は荒木又右エ門のことはほとんど知らないとのことでした。

そして最後に藩校の崇高堂を見学して上野市駅に戻った。懇親会は大和八木駅近くの居酒屋で8時半ごろまでいた。

蓑虫庵 芭蕉堂を背に紅葉の絨毯

蓑虫庵 芭蕉堂を背に紅葉の絨毯 イメージ

天守閣の広場でお弁当

天守閣の広場でお弁当 イメージ

旧小田小学校の本館校舎明治の洋風建築

旧小田小学校の本館校舎明治の洋風建築 イメージ

愛染院願成寺にある芭蕉の  故郷塚

愛染院願成寺にある芭蕉の  故郷塚 イメージ